相毎モコ

400字で書くことを心がけ

角材抱いて眠る冬

過日、家庭用暖房器具をめぐって懊悩したことがあって、それについて記す。


「暖房がないと水道管が破裂する、破裂したらアパートの住民が困る、困るのは困るから暖房器具を購入しろ、さもなくば夜襲をかけざるを得ない。夜襲はなるべくかけたくない。」

と他の住民に言われた私は、夜襲はやだなあ、と思ったのですぐさまAmazonという通販でオイルヒーターを求めたのですよ、17000円で。
到着したオイルヒーターはでかく、重く、部屋の景観を著しく悪化させた。しかし、これがないと夜襲に遭う。仕方ないのでスイッチをオンにした。

暖かかった。それまで私は貧窮するあまり、暖房器具というものを持たずに子豚のように震えながら越冬しようと思っていたが、それはあまりにも暖かかった。暖かすぎて涙が落ち、それの梱包されていた段ボール箱を被ってひとり舞った。なぜなら、それはひたすらに暖かかったからである。いやしくも暖かかったから。

ということなら良かったのに、と今私は思う。
というのは、このオイルヒーターという器具は確かに暖かな感じはしたが、それは至極ぼんやりしたもので、正味のはなし、そんなに暖かくならなかったからである。しかも、その微妙な暖かさを感じさせるまでにゆうに小一時間はかかる。なんという不真面目なやつだろう、こっちは震えているというのに。
窓を開け、これを投擲して粉々にすることでこの話はなかったことにしたい、と思ったがすでにAmazonに17000円を払ってしまっており、返品という行為に及ぶことも可能であったが、生来がだらしのない性質なので返品行為に伴う諸手続を先延ばしにしていたら期限が過ぎてしまっていた。

さらにこのオイルヒーターの悪行は止まるところを知らず、電気をやたら食うんである。返品ができないので仕方なしに使っていたら、やはり慣れというのは怖いもので、日常茶飯にスイッチをオンするようになってしまった。元々、湯たんぽ以外の暖房はなしで越冬するつもりであったというのに。悪の手先であるオイルヒーターに救援を求めるのは悔しいものである、と同時にその微妙な暖かみは昔住んでいた寮のパネルヒーターを想わせるもので、悔しさと郷愁が入り混じった私は矛盾していた。でもそれもしかたない、だってそうだろう、人間は矛盾すると相場が決められているのだから。私は人間である。
人間であるということは人間のルール・規範・法律にならう必要があり、これに反した場合、最悪のケースでは死に至る。死にたくなければルールに沿わなければならず、つまるところ電気代を払わなくてはならない。驚愕した。先月の電気使用料の通知によると、8927円とある。電気を食うといってもほどがあるだろう、と悪の権化を罵ったところでどうにもならない。
それにしてもこの8927円というのは、どうなのか、このくらいかかるものなのか、電気代って。冬の電気代って。なぜみんな暴動を起こさないのか、渋谷をごらん、赤信号でもみんなで渡れば怖くないのに。起こそうよ、暴動。
しかし暴動は起きなかった。ルールを犯して死に至るのが怖いのである嫌なのである。後悔。

ということならば、取りうる方策はひとつしかなく、極悪オイルヒーターの使用を即刻取りやめるしかない、そしておとなしく8927円を北電に払って湯たんぽ生活に戻るしかない。夜襲は嫌だが、角材とかで応戦すれば命だけは助かるだろう。オイルヒーターのコンセントを抜いた。
そういうわけでオイルヒーターには蜘蛛の巣がかかった、かかっている、これからもかかっていくだろう。
しかし問題はまだ解決していないと思っていた。水道管の凍結および破裂である。オイルヒーター無き今、住民が警告した状況に戻ったというので、水道管にトラブルが起きる可能性が大きくなっていた。震えて眠った。寒くて、怖くて。角材を抱いて。
だが、一向に水道管は凍結せず、破裂しない。今日も何事もないように蛇口をひねると水がでる。昨日も出たし、今日も出た。ということは、多分明日からも出る。
いったい、あの住民の警告はなんだったのか。そう考えると怒りのような感情がわいてきて、夜襲をかけたくなってくる。しかし夜襲をかけたら人間のルールに反し、裁きに遭うので、できない。
水道管からは水が出て、それを飲むとカルキの匂いと味がする。